まいちょんの学びの部屋

アメリカ在住打楽器奏者の日々の学びをシェアするブログ

ショスタコーヴィチに思いを馳せる

こんにちは。アメリカで打楽器やってるまいちょんです。

今週末もオーケストラの本番でした。今回の担当はショスタコ5番のシロフォンとグロッケンとトライアングル。いつものごとく待ち時間長いので出待ち中に色々思ったことを綴ってみます。

 

Shostakovich (1906-1975)

ショスタコーヴィチは生涯を激動の時代のロシアとソ連で過ごした作曲家。若いころのショスタコーヴィチはハリーポッターみたいなイケメンですね。

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学部時代の私は音楽史のテストで、ショタコンとかビッチなタコとかいろいろ想像力を膨らませて名前を暗記していたんですが 、実はめっちゃシリアスな人です(笑)

びっちなタコ(笑)

 

交響曲第5番

交響曲第5番は日本ではショスタコ5番とかさらに省略されてタコ5とか呼ばれてなんか響き悪いですけど、アメリカではショスティーファイブというジャクソンファイブみたいな何ともカッコいい名前で呼ばれています。

 

この曲はクラシック界の中ではベートーベンの5番と匹敵するくらい有名なんですが、なぜ有名かというと、「勝利に向かって突き進む」とか「苦悩を通じて歓喜へ」とかいうテーマがこれでもかってほど分かりやすく表現されて客受けがいいという事と、当時の社会情勢や政治的なメッセージとして色んな解釈をされて様々な諸説が出回って話題になったからです。

 

というのも、この曲が作曲されたのは1937年。スターリンの独裁政権時代。今でいう北朝鮮みたいな状況下でした。ちょっとでもスターリンに反感を買おうもんなら即死でした。実際、ショスタコーヴィチの友人の作曲家、身内やパトロンも強制収容所に送られて殺されたと言われています。そんな状況の中でもショスタコーヴィチは前衛的な音楽を追求していたんですが、当時公開されたオペラ「ムチェンクス群のマクベス夫人」がスターリンのお気に召さず、共産党機関紙に痛烈に批判されてしまいます。

 

スターリンの気を損ねる=粛清

 

命の危機にさらされたショスタコーヴィチは、当時作曲していた魂の雄たけびみたいな不協和音満載でヘビーメタルスクリーモーな交響曲4番の初演を断念して、めっちゃシンプルで分かりやすい体制賛美な5番を作曲し、それが大ヒットして首の皮が繋がったといういわく付きの曲なのです。それからというものショスタコーヴィチはソ連お抱えの作曲家として地位を確立していきます。

 

5番における諸説

諸説1

私が5番を初めて聞いたのは私の打楽器の先生がオースティンシンフォニーで5番を演奏した時でした。先生も今回の私と同じシロフォン担当でした。その時に先生がめっちゃ興奮してこの曲に秘められた「作曲者のメッセージ」について語っていたのが今も印象的です。

先生によると、

 

  • ショスタコーヴィチは表向きはスターリンや社会主義国家を賛美する曲を作りつつ、実はこっそり反体制的なメッセージを込めていた

 

というものです。なんでも、ショスタコーヴィチは5番にビゼーのカルメンのハバネラを引用して、その引用部の歌詞が「信用しちゃダメ」という意味らしく、さらに後半200回以上リピートする「ラ」の音がロシア語では「リャ」=「私」を意味し、さらに曲の最後にニ長調に転調したテーマがハバネラの引用と合体して「私は信用しない」という意味になるそうです。

 

家族の命を守るためには当局に媚びる不本意な音楽を作曲する事も、ソ連のお抱え作曲家とレッテルを張らることも厭わない。でも実は交響曲で体制を批判した不屈の作曲家であった!

 

みたいな西側の資本主義国からすればウキウキする話です。アメリカで5番が人気になったのもこういう背景があるからかもしれませんね。アメリカに住んでいると、アメリカ人の社会主義や共産主義に対する拒否感はひしひしと伝わってきます。そんなアメリカ人がショスタコーヴィチの曲を演奏するのに拒否感はないんだろうか?とか思ったんですけど、自分たちに都合のいい解釈をしてる感じもしないでもない。

 

実際私も先生に言われたことを鵜呑みにしてビッチなタコさんすごい!と思ってました(笑)

ハバネラ説の出どころは知りませんが、体制批判をしていたという諸説は1979年に発売された「ショスタコーヴィチの証言」という本が元になったそうですが、今ではこの証言は偽書とされているそうです。実際タコさんの息子のマキシムも身近な家族もこの本を否定しているらしいです。実際の所のタコさんの本音は謎です。

 

諸説2

体制批判と見せかけて、実はラブソングであった説。

後半何回もリピートする「ラ」の音は「リャ」=私ではなく、昔の愛人リャーリャさんを意味し、ハバネラの引用部も「信用しちゃだめ」ではなく、「愛」と叫ぶ箇所であり、これはリャーリャに愛を叫ぶラブソングであったという説です。

そしてこのリャーリャさんはタコさんと別れた後、スペインに亡命してカルメン性の人と結婚しているらしいです。

 

体制賛美ではなく愛人賛美。

 

実は真面目にみえたタコさんは女ったらしだったのでしょうか。イケメンやし、ぬかりない。

でも、粛清の嵐の状況下でこんなことができるんですかね。よっぽどな精神の持ち主。

そして当時強烈な批判をくらった「ムチェンクス群のマクベス夫人」は当時の奥さんに捧げられているらしいですよ。捧げるオペラの内容は18禁の血みどろ。

私が奥さんやったらこんな曲もらっても全然うれしくないけど。。。

 

なんだかよく分かりませんが、愛人へのラブソングは何となくこじ付けな感じがします。

 

旦那さんの意見

色々調べて面白くなってクラシックオタクの旦那さんにどう思うか聞いてみたら、

 

「絶対音楽*の5番に標題音楽的な意見を求める事自体が間違っている」

 

と即答されました(汗)

 *絶対音楽

音楽以外の制約から解かれた、すなわち他の芸術と結びついていない純粋な音楽をいう。したがってそれは、言語内容を音に響かせようとする意図や、対照的なものを模倣あるいは描写しようという意図、また感情などを表現しようとする意図はもたず、音楽的形式や秩序そのものがその存在の根元をなしている

by ブリタニカ国際大百科事典

 

 

ちーん。

 

まあ、そうなんですけどね。文学とかでもそうですけど周りがはやし立ててあれこれ推測するのは作者の意図に反するものだったりもしますし。

単純に5番の曲自体を5番の魅力としてお客さんに表現しないといけないのかもしれないですね。

 

てなことをごちゃごちゃ考えながら本番に臨み、出番をミスりかけて冷や汗かいたまいちょんでした。さすがスターリンもご満悦のショスタコ5番なだけあって、お客さんも大喜び。スタンディングオーベーションでした。

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